シンビジウム -cymbidium-
俺が16になった日の夕方。
床に正座した親父は夕飯の仕度をしている俺を呼んだ。
「スペルビこっちに来なさい」
「なんだよ。酢豚にナッポー入れるの嫌なのか?」
「確かにナッポーは邪道だと…ってそうじゃない。父さんお前に言わなきゃいけないことがあるんだ」
「何だよ改まって…」
真剣な顔のテュールに不安になって、ガスを止めて俺はテュールの向いに座る。
まだ30の養父は若いなと思っていれば、いきなり両手を掴まれた。
「スペルビ、お前には黙っていたが婚約者がいるんだ」
「はぁ!?」
「そして借金が一億ある」
「ま…待て待て待て!一体何なんだよ!テュールに婚約者がいて借金が一億!?
お前いつの間にそんなに借りたんだ!」
突然のカミングアウトに頭がついていかない。
とりあえずわけがわからないと叫んでみれば、テュールは少し困った顔をしていた。
「違うスペルビ。婚約者がいるのはお前だよ」
「……………………………………………………………………………はぁ!!!?」
「それに借金は知り合いの連帯保証人になったからなんだ。そしたらソイツが夜逃げして、
でも今日明日にでも借金返さなきゃいけないけどお金ないし、そしたらこの家差し押さえられて、
出て行かなきゃならなくて……ってスペルビ聞こえてる?」
聞こえていないと叫んで逃げ出したかった。
俺はこの家でメシ食って宿題して明日また学校に行くはずだったのに。
それなのに借金のせいでこの家は差し押さえられて何もなくなってしまうなんて。
頭がついていかなくて黙り込む俺の頭をテュールが優しく撫でてくれた。
「…それでね、スペルビ。家売っても足りなかった残りの借金は
スペルビの婚約者が負担してくれたんだよ」
「え…?何で…」
「それはね、婚約者がボンゴレグループの御曹司だから」
親父の答えが終わると同時に玄関のドアが開く。
そこにいたのは黒服に身を包んだ男で、丁寧に礼をされた。
「社長の使いで参りました、ランチアと申します。スクアーロ様、ご尊父様、お迎えに上がりました」
門の前には高級車で有名なエンブレムをつけた黒い車が停まっている。
そしてその後ろには借金取りのだと思われるワゴン車も。
どうしようもないのかとテュールを見れば、小さく「ごめん」と謝られた。
謝るくらいならするなと言っても、後の祭り。
*****
ボンゴレグループは、俺でも知ってる大企業だ。
そんな会社の社長とうちの親父は昔からの知り合いらしい。
そして仲が良過ぎて子供同士を結婚させようと思ったようだ。
まあテュールはまだ結婚してないから必然的に養子である俺に回ってくるのだが…
「だからって急に結婚とか言われても!」
「あー…うん。まあそれは置いといて。とりあえず家無くなったから居候させてもらわないと」
「だからってなぁ…!」
「つきましたよ」
言い争いをしていた俺達を乗せた車が静かに停まる。
先に降りたランチア(俺の婚約者の秘書らしい)がドアを開けてくれ、降りたら別世界が広がっていた。
学校の校庭の二倍はありそうな庭。屋敷は老舗ホテルかと間違うようなデカい造り。
案内されて通された床はきっと大理石なんだろう。
迷子になりそうな広い廊下をランチアの背を追いかけて進む。
こんな屋敷に住んでる御曹司様は、きっと庶民の俺を見た途端婚約破棄をするに違いない。
そうなったら親父と二人、アパートを借りて一緒に住もう。俺は高校を辞めて働いてもいい。
そんな事を考えていたら、かなり凝った造りのドアの前にたどり着いた。
「ランチアです。スクアーロ様とご尊父様をお連れしました」
「中へ。若君様がお待ちです」
ドアを開けてくれたのは髪をこれでもかと尖らせた厳つい男だった。
ランチアといいこんなゴツい男ばかり側に置く御曹司の趣味が気になったが、促されて中へ入る事になる。
ドアが閉まる音に、後戻りはできないのだと深呼吸をすれば、部屋の奥に人影が見えた。
「こちらが当館のご当主、ボンゴレグループ次期社長のザンザス様です」
「……………………はぁ!!?」
そう言われて紹介されたのは、どう見ても10歳くらいの子供だ。
何かの間違いだと思ったが、その子供は俺を見ると大人びた表情で微笑む。
「会えて嬉しいぞ。婚約者殿」
誰か夢だと言ってくれ…!!!
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