1話 -prima la storia-

移動中ルッスーリアに「ごめんなさい。こっちがホントの書類なの」と言われ、 差し出された物に目を通した俺は、反射的に車から飛び降りそうになった。 「落ち着きなさいスクアーロ!確かに黙っていたのは悪かったわ。でも何もそこまでしなくたって…!!」 「俺がアイツ嫌いなの知ってんだろぉ!?つーかそもそもバイトじゃなかったのかぁ!?」 「これもアルバイトよ!モデルのアルバイト!!」 「ぜってぇ嫌だぁ!!」 そんな俺の声も空しく、車は走り続けている。 ***** 俺がアイツと会ったのは一年と少し前。 ビル清掃のバイトをしていた俺は、その日も廊下にモップ掛けをしていた。 何だかもめてる声が廊下にも響いてきていて、一体どうしたのかと思っていれば、 勢い良く近くのドアが開いた。 反射的に体を震わせれば、そこから出て来た男は俺に近付いて来ると、 いきなり顎を掴み顔を上向きにする。 その時目に飛び込んだのは男の赤い瞳。 それに思わず見とれれば、小さく笑う声が聞こえた。 「睫も瞳も銀か。悪くねぇ」 「あ…?」 「待ってくださいザンザス様。いくら身長があるとはいえ素人ですよ!?」 「じゃあ代わりのアテはあるのか?」 「…しかし………」 「ねぇなら黙ってろ」 一体全体何なのか。 いい加減首が痛くなってきて、男の腕を掴めば、顎は開放されたが今度は腕を掴まれた。 そして、耳の奥に残るような声で囁かれる。 「今日からお前を俺の人形にしてやる」 それがアイツ――ザンザスとの出会いだった。 ***** その後俺は何故か化粧品のCMのモデルをさせられ、 それが全国ネットで流されるというこの上ない羞恥を味わった。 無理矢理渡されたザンザスの名刺に書かれた番号に電話して文句を言えば (なんとあの男がプロデューサー兼カメラマンだった!)、 「専属のモデルになれ」という逃げ出したくなる事を言われ、反射的に電話を切った。 だけど結局俺はあの男から逃げられないようで、毎度毎度仕事を(コッソリ)回される。 そしてそれは今回も同じ。 俺は煌びやかな芸能界なんかに興味は無い。 頼むから勤労学生だった俺のささやかな幸せの日々を返してくれ!! そう願うが俺の願いが叶う事はなく、今回も無理矢理騙され、スタジオに引きずり込まれた。 それから無理矢理衣装を着させられ、メイクをされる。 普段の俺ならここで諦めて撮影に参加するのだが、今日は違った。 もう長期休暇も終わり、学校が始まる。学校が始まったのに撮影で時間を潰されるのは困るのだ。 貧乏学生の俺は何が何でも特待生であり続けなければならない(特待生ならイロイロ免除なのだ) 確かにモデルの仕事の報酬はありえないくらいの金額だったが、あんなものに騙されては駄目だ。 人間、コツコツ真面目にが一番だ(と、死んだ養父が言っていた) だからこれは俺が庶民でいる為の戦いだ。 決して衣装のスカート丈が短すぎるからではない。 そう、決して。 つーかコレ短すぎだろぉお!!? 太股丸見えだぜ!?布薄いしピラピラでパンツ見えちまうってオイ!! (年頃の娘がパンツだなんてはしたない!byルッス) 普段俺は学校の制服も男物だから(近所の兄ちゃんのお下がりだ)、 スカートなんて穿かないから足がスースーする。 それに……それにこんな格好似合わない。 身長も態度もデカイ、口調も悪いし喧嘩っぱやい俺がこんな服似合う筈が無い。 何だか情けなくなって来て足を抱えるように蹲っていれば、勢い良く衣裳部屋のドアが破壊された。 ドアを破壊してくれたのは見なくてもわかる。 俺なんかをモデルに指名してくる物好きのカメラマンだ。 「おい、用意できてんならさっさと来いカスが」 「……っで…よ……」 「…あぁ?」 「なんでっ俺なんかを使うんだよぉっ!!」 足を腕で抱えたままカメラマンの紅い目を睨みつける。 自分の頬が冷たい。泣いているのだろうか。 泣いたのなんて、養父の葬式以来だからいまいち良くわからない。 グスグスと鼻をすすりながら、それでも俺は目の前の男を睨みつけるのをやめなかった。 「もっと綺麗なやつらいるだろぉ?何で俺なんだっ」 「…………………」 「もっと…こういう可愛い服が似合う、小さくてふわふわした女、他にもいるだろぉ…」 こういう可愛い服は、友人の京子やハルが良く着ていた。 二人はふわふわで、キラキラで。柔らかくて、良い匂いがして。 本当、俺なんかとは正反対なんだ。 だからそんな二人が着ていた服が俺なんかが似合う筈が無い。 メイクがボロボロになるのも気にせず泣きながらそう言えば、奴は俺の腕を取って無理矢理立たせる。 そのままズルズルと引っ張ってこられたのはデカイ姿見の前。 反射的に顔を逸らせば、顎をつかまれ無理矢理向かせられた。 「良く見ろ。似合ってんじゃねぇか」 「ど、どこがっ…」 「全部だ。お前は足が長いから見せた方がいい」 「っっ…」 グイ、と腰に手を回され引き寄せられる。 そこで初めてコイツの手が俺よりデカイ事に気がついた。 顎は固定されたままなので鏡から視線が外せない。 「身長を気にしてるみたいだが、鏡を見ろ。俺はお前よりデカイ」 「あ、ああ…」 「そんなに身長が気になるなら俺の傍にいろ。誰も気にしない」 「ん……」 「言っただろう、俺の人形にしてやると。誰もが羨む磁器人形にしてやる」 「………………」 「それに、」 吐息が触れるほどの至近距離で囁かれる。 それに俺は頬を朱に染め、文句を言おうとするが、口を塞がれた。 まさか、まさかまさか、こんな事をされるなんて思わなくて。 唇を開放された俺が開口一番口にしたのは「ファーストキスだったのに…」だ。 それにアイツは笑い出し(笑うと随分幼く感じる)、俺の額にキスをして「責任は取ってやる」と言った。 抱きしめられれば、嗅ぎなれない香水と煙草の匂いに包まれる。 それが、ほんの少しだけ俺は愛しく感じた。 『愛している。俺の恋人になってくれ』

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