最終話 -ultima storia-

さよなら、さよなら。愛しい人よ。 最後くらいは笑顔で別れを告げるから… *ミリオン・ベイビー 7* 分厚いドアを開けて通された室内は、現在進行形で会食が進んでいる最中だった。 見慣れないスーツ姿のザンザスが固まっていて、それが何だかおかしくて笑えてくる。 そんな姿が見れた事に満足して、俺はザンザス同様驚いている女の元に歩み寄った。 「ご婚約おめでとうございます」 「あなたは…?」 「ザンザス氏の友人です」 父親に全く似ていない可愛い娘に花束を渡し微笑む。 淡い栗毛が柔らかくカールした髪。 薄く施された化粧。 ピンク色の唇に大きな瞳。 加えて華奢な体付き。 きっと男が守りたいと思う女はこういう人の事を言うのだろう。 自分には無い物を全て持ってる彼女が羨ましくて、鼻の奥が少しツンとした。 「ザンザスさんのお友達なの?」 「ええ。実は急な引っ越しが決まりまして、式には出席できないのです。 困っていた所あなたのお父様が会場へ入れてくださったので、こうしてご挨拶に伺いました」 「まあ、そうだったの」 「スクアーロ!」 彼女とにこやかに会話をしていれば、突然ガタン、とデカい音を立ててザンザスが立ち上がる。 その赤い目が炎の様に燃えており、思わず俺は視線を反らした。 あの目に捕らえられたら最後、逃げる事はできない。 「…申し訳ありません。時間のようです。さようならマルガリータ嬢。ザンザスとお幸せに」 白い小さな手を取って口付けを一つ。 そのまま踵を返して辞そうとすれば、強い力で腕を掴まれた。 「どういうことだ」 「…引っ越すんだよ」 「何処に、何故、何時決めた。答えろスクアーロ!」 「アンタの知らない所に。アンタの居ない間に決めた。理由はアンタには関係ない」 振り向いて、手を振り払って、微笑む。 上手く笑えたかは自信がないが、声は震えなかった。 「さよなら、ザンザス」 俺の腕を掴んでいた手が滑り落ちる。 その隙に逃げる様に俺は部屋を辞した。 歪む視界を気のせいだと思いながら。 ***** 「こんなもんかぁ」 ようやく片付いた部屋に息を吐き出しソファに座る。 あのホテルの一件から一ヵ月。俺は親父が遺してくれたもう一つの家へと引っ越した。 海が近いから波音が聞こえてくる。 最近バタバタしていたから酷く眠くて仕方がない。 今日はもう眠ってしまって、明日また掃除をしよう。 ああでもそれより先に新しい病院を探すのが先決か。 あのタヌキジジイから結局金は貰わなかったから、 何かあったら使えと親父が遺してくれた金に手を付けなければならない。 でも孫の為だってわかったら親父は許してくれると思うんだ。 少し膨らんできた腹に手を当てながら、ウトウトとまどろむ。 そのまま寝ようとした矢先、静かにドアをノックする音が聞こえた。 空耳かとも思ったが音は尚も続いている。 一体誰だと用心の為モップ片手にドアを開ければ、目の前には思いがけない人物。 「…少し痩せたか?」 「な、んで…」 そこにいたのは別れを告げた筈の愛しい人。 驚きで固まっている俺を抱き締めて背中を撫でてくれる。 遅くなって、一人にして、悪かったと。 温かい手と懐かしい煙草の香り。 それを認識すると涙腺が壊れたように涙が次々と溢れてきた。 「う…うぁ…うぁああんっうぁああんっ!」 「スクアーロ…」 子供のようにひたすら泣いた。 その間もザンザスはずっとずっと俺を抱き締めてくれていた。 夢なら、醒めないで… ***** その後いつまでも玄関にいてはと俺はベッドに運ばれた。 その間も俺はずっとザンザスに抱き付いていたし、ザンザスも俺を抱き締めてくれていた。 ベッドに横になりながら話してくれた事はザンザスの家庭の事情。 ザンザスは確かに会社社長の御曹司らしいが、実は養子であり、 ゴタゴタ跡継ぎ問題に嫌気がさし家を飛び出していたらしい。 今回の見合いはあのタヌキジジイに口出しされ、ザンザスの親父さんが無理に話を進めてしまったそうだ。 見合い話はといえばザンザスが養子だとわかった途端破綻した。 「…会社はどうすんだぁ?」 「従兄弟が継ぐ。俺は今までの仕事を続ける」 「そうかぁ」 「………カメラマンの妻は嫌か?」 そんな言葉と同時に左手にヒヤリとした感触。 驚いて指を見れば薬指に赤い石が付いている指輪が嵌められていた。 「結婚してくれ。スクアーロ」 「俺で、いいのかぁ…?」 「お前以外いらない」 「……こいつらもまとめて面倒見てくれるかぁ?」 ザンザスの手を取り腹に当てる。 驚いた顔をしているザンザスに四ヵ月目で双子だと告げてやれば勢い良く抱き締められた。 「早く言え…」 「…悪い」 「幸せにしてやる。お前もそいつらも。必ずだ」 「期待してるぜぇ」 久し振りに交わしたキスは、酷く神聖に感じた。 綺麗なドレスも、輝く宝石もいらない。 貴方の隣にいるだけで、私は輝けるから。 私は貴方だけのミリオン・ベイビー

- end -

ミリオン・ベイビーこれにて完結です。 今まで応援してくださった皆様ありがとうございました!!

Yayoi Jugo