シスター
もう来ない方が良い、と彼は告げた。
コホコホと咳き込む幻術使いは元々細いのに更に細くなったようだ。
白い病院着から覗く腕はまるで枯れ枝のように細く、強く握れば折れてしまいそうで。
見ていられなくなったラルはそっと視線を逸す。
「聞いているのかい、ラル・ミルチ」
「ああ、すまない。何の話だ?」
「だから、もうここには来ない方が良いって言ったんだよ」
「何故?」
「そろそろ奴等に嗅ぎ付けられてもおかしくないからさ」
そこまで喋り、またコホコホと咳を零す。
背中を擦ってやりながら、同僚達にも同じ事を言ったのかとラルは問う。
我ながら酷な事を問うたものだと言ってから後悔すれば、マーモンは静かに頷いた。
「皆とはお別れをしたよ。ママンは最後まで僕にしがみついてたけど、ルッスーリアが連れてってくれた」
「そうか…」
「………怖くないと言ったら嘘になるけどね、今はあまり怖くないんだ。だって帰る場所があるから」
「…バイパー」
「僕はマーモンだよ」
フードを被っていない術師はニヤリと笑ってラルの背を押す。
いい加減に待ち人が待ちくたびれていると上を指して。
「早くした方がいい。あのバカは屋上だよ」
それが何をさしているか分かった途端、ラルは全速力で駆けて行く。
その背を見送り、マーモンはそっと十字を切った。
*****
駆けて、駆けて、突き当たりの鉄のドアを勢い良く開ける。
探し人は屋上に寝転んでこちらを見ていた。
マーモンのように白い病院着ではなく、いつもの軍用の格好。
だがその服は酷く不格好に浮いていた。
「五分前集合が鉄則だろ、ラル教官」
「〜〜〜〜っっ…このバカ!!」
「いってぇ!!」
起き上がったコロネロの頭を容赦無くラルは殴り付ける。
容赦ないそれに涙目で上司を見上げれば、彼女の目には見慣れぬものが。
「ラ、ル…?」
「このバカ…大馬鹿者…」
ポタポタと涙を零しながら座り込むラルをコロネロは黙って抱き寄せる。
震える背を撫でてやり、髪にそっと口付ければ、病室に戻れという小さな声。
「いやだぜコラ。ここがいい」
「な、んで…」
「籠の中の鳥なんてガラじゃねーんだ」
視線を上げればいつものようにニヤリと不敵に笑う青年。
だが次の瞬間顔は歪み、ガクリとラルにもたれかかった。
支えようと背に腕を回し、その細さに固まってしまう。
苦しそうな呼吸の合間にヒューヒューと聞こえるおかしな音。
自分の愛したあの青年の変わり果てた姿にラルの体は震える。
「…悪いなコラ。もう大丈夫だ」
「…………」
「ラル?」
恐らく本当は喋る事も辛いのだろうに、コロネロは明るく笑っている。
細くなった体を横たえ、頭を膝に乗せてやれば、
驚いた顔をしていたがすぐにいつものように笑う。
その柔らかい金の髪を撫でると、静かに彼は目を閉じた。
「ラル…」
「なんだ」
「俺、は…空に、いるから…」
「っっ…」
「空にいるから…大丈夫だぜ…」
静かになっていく呼吸音。
それが嫌で酸素を与えるように口付ければ、そっと囁かれた。
「ラル…愛してる…」
『好き』は何度も聞いたけれど、『愛してる』を聞いたのはこれが初めて。
ねぇ、お願い。これを最後にしないで。
毎日のように囁いて。
貴方がいないこの世など、涙で霞んで何も見えない…
- end -