カスミソウ -bambini l'alito-

今思えばそれはきっかけにすぎない一日だったのかもしれない。 ***** 目覚まし代わりの携帯がうるさい音を奏でる。 珍しく2度寝をせずに置き上がると、俺は伸びを一つした。 昨夜に準備した綺麗な制服を見て笑みが浮かぶ。 今日から学校が始まる。俺はめでたく高校二年生になった。 「おはようございますスクアーロ様。今日のお召し物はどのようになさいますか?」 「あ、すんません。今日から俺学校なんで」 「ではせめてメイクだけでも」 「それも申し訳ないんですけど学校で駄目なんで」 俺付きのメイドさんに謝って手早く制服に袖を通す。 男勝りの性格が学校全体に広まっている俺がメイクをしていったら それこそどんな騒ぎになるかわからない。 暫くお前達は出番が無いぞとドレッサーを見て、ソファに置かれた鞄を取り上げた。 「皆は食堂ですか?」 「はい。本日は綱吉様もお見えです」 「おーそっか」 綱吉には俺のスパルタ家庭教師が仕事で居ないときに宿題を見てもらったことがある。 大体一週間に一度必ず訪れているのだが、何故かその度に疲れたような顔をしていた。 それなのに勉強を教えてもらった事が申し訳無くて、 お礼を兼ねたチョコレートが入った袋も持つと俺は足取り軽く食堂へと向かった。 「おはよーございまーす」 「おはよう」 「おはようスペルビ」 「綱吉、これ良かったら。勉強教えてくれたお礼」 「あ、ありがとう。何だかごめんね」 袋を受け取ってくれた綱吉は柔らかく微笑むがやはり顔はどこか疲れているようだ。 仕事が忙しいのかと隣に居る御曹司を見れば、彼は子供らしくオレンジジュースを飲んでいた。 無理をしていなければ良いのだけれどと思っていれば、けたたましく携帯のアラームが鳴る。 時間を確認すれば遅刻ギリギリの所だった。 「ぎゃー遅刻!!電車の時間がっ!」 「電車?」 「そう!やべぇ、出ないと!」 「ルッスーリアに送らせる」 慌てて食堂から飛び出そうとしていた俺の背に御曹司の落ち着いた声がかかる。 壁際で控えているルッスーリアを見れば大丈夫だと笑っていた。 「ここからお前の学校までなら車のほうが近い」 「そ、そうなのか…」 「最初から送らせるつもりでいた。座ってメシを食え」 その声に操られるように俺は椅子に座る。 十歳でこの落ち着きなのだから、後八年も経ったら声の低さも重なり 俺はコイツに絶対服従になってしまうに違いない。 そこまで考えてでもまだ結婚をすると決まったわけではないと、往生際悪く俺は牛乳を一気飲みした。 ***** 車は裏門に停めてもらい、帰りは駅前まで出てから電話をすると告げた。 下手に見られて噂になるのも面倒くさいからだ。 一月ぶりの学校は何だか小さく薄汚れて見えた。 自分の感覚が麻痺してきているとこめかみを軽く叩き、昇降口へと向かう。 張り出されたクラスごとに教室へ入り、説明を受け体育館へ移動して始業式。 今日は入学式がある為昼までで、俺は帰ろうと鞄を持って一階へと向かった。 庶民の生活に戻ったのに何故か落ち着かない。 今日は久しぶりに夕飯を作るのを厨房で手伝わせてもらおうと思いながら歩いていれば、 後ろから盛大に転ぶ音が聞こえてきた。 「いてて…スクアーロ!」 「なんだぁディーノか。何の用だぁ」 「スクアーロ知らないかって後輩に聞かれたんだ!」 父兄の目があるからかいつもより早く立ち上がって制服の埃を払うのはクラスメートのディーノ。 家はデカイ財閥で、そのせいか他人よりやたらとトロい。 仕方が無いと散らばった鞄の中身を拾ってやっていれば、隣にしゃがんだ人物が眼の端にうつる。 誰だと顔を上げれば、以前何度か会った事のある男がいた。 「よ、スクアーロ!」 「お前…野球部!」 「そんな名前で覚えられてたのか…」 残念なのな、とちっともそう見えない顔で爽やかに笑う。 中学の頃助っ人として借り出された剣道の試合で会った山本武だ。 コイツも人数合わせで本来野球部なのに実家が道場もしているからという理由で借り出されたらしい。 何故かそこで息投合して、大会で顔を合わせる度に話をしていたのだ。 「俺今日から一年だからさ。よろしく、先輩」 「おー」 「スクアーロはやっぱ剣道部なの?」 何気ない言葉に思わず固まってしまう。 山本は野球か剣道かどちらにするか悩んでいるんだと告げるが、俺は返事ができなかった。 左手が痛む気がして手首を掴めば、ディーノの困惑した声が響いてきた。 「か、返してください!」 「ぶちまけたお前が悪いんだろ。取ってみろよ」 声の聞こえた方向を見れば、プリントを片手に持ち高く上げている生徒。 その下で取ろうと手を伸ばすディーの姿。 典型的なイジメの光景にイライラした俺は、そちらに向かうと相手の生徒の尻を思いきり蹴り付けた。 「何やってんだテメェ!」 「いって…こっちのセリフだ!女のくせにすっこんでろ!」 「あ゛ぁ!?テメェこそ」 「ストーップ!!」 兆発されて思わず放送禁止用語を公衆の面前で叫ぶところだった。 駆け付けた山本に後ろから羽交い締めにされるが、振りほどこうともがく。 どうやらそれがいけなかったらしい。 気づけば蹴り付けた男が俺の左腕を掴んでいた。 「はっ、気味悪い手袋。真夏でも外さねぇって噂本当みてえだな。手はどうなってんだ?」 「やめろ!!!!」 手袋に手がかかるのと、視界の端に見慣れた黒い車が停まったのは同時だった気がする。 叫んだのは俺か、ディーノか、御曹司か。 酷く長い時間に感じたが、冷たい機械の手が日の光の元で煌くまでそう時間はかからなかった。 ソレが現われた途端、二人の俺を掴んでいた手が緩む。 「すく、あーろ…?」 「な、何だこりゃ!?機械!?気持ち悪い!」 「っっ…」 「気持ち悪いのはテメェだ、カスが!」 消えろ、という物騒な声と共に前にあった男の身体が吹き飛ぶ。 慌ててこちらに走ってくるレヴィの姿が見えたが、駆け付けるよりも早くソイツを蹴り飛ばした子供は、 躊躇なく俺の左手を掴むと、後ろに居た山本の足を踏みつけた。 「いってぇ!!!」 「テメェも消えろ!」 そのまま手をひかれて車まで歩く。 周りは何も言えずにこちらに視線を向けている。 ザンザスは何も言わなくて、俺も何も言えなくて。 黒いメルセデスの後部座席に乗り込むと、ザンザスは俺の義手に両手を重ねて「悪かった」と呟いた。 「ざん、ざすは、なにも…」 「昼までだと聞いて迎えに来たんだが…俺がもう少し早く着いていれば良かった」 「なにも…」 「すまない、スクアーロ。お前を、守れなかった」 「っふ…ふぇ…ふぇえええっ!!」 ザンザスは悪くない。俺が勝手に馬鹿をしただけなんだ。自業自得なんだ。 だからザンザスが泣きそうな顔をしなくていいんだ。 そんな事を言いたかったのに、それは全て涙で流れ出た。 泣く事しかできない赤ん坊のように、ボロボロと涙を零してしゃっくりあげながら大声で泣いた。 屋敷に着くまでザンザスはずっと俺の左手を握っていてくれた。 それはきっと温かくて、将来大きくなるだろう手。 それを感じる事ができない左手が悔しくて、また、泣いた。

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