カーネーション -garofano-

俺には六歳以前の記憶がない。 原因は大規模な交通事故だったと聞かされた。 その事故で俺は左手と家族と記憶を一度に無くした。 引き取ってくれたのは同じ事故で片腕を無くしたテュール。 初めて手を繋いだ日の事を、今でも覚えている。 ***** 喉が痛くて目を覚ました。 辺りを見回せばそこは自分に与えられた部屋のベッドの上。自分の記憶は車の中で大泣きしていた所で途切れているから、泣き疲れて寝てしまった俺を誰かが運んでくれたらしい。 まるで子供だと恥ずかしくなり枕に顔を埋めていれば、部屋のドアが静かに開いた。 「起きたか」 「ザンザス…」 部屋に入って来たのは御曹司だった。 そのままこちらに近付くと持っていたお盆からタオルを渡してくれる。冷えていたそれを腫れた目に当てればヒンヤリとして心地よい。 そのままボーッとしていれば今度はグラスを差し出された。 「レモン水だ」 「…ありがと」 受け取り口に含めば炭酸水の刺激とレモンの酸味が一度に押し寄せてくる。 スッキリとした飲み口が気に入りグラスを何度も口に運べば、ベッド脇の椅子に座ってザンザスは小さく笑みを浮かべた。 「落ち着いたか?」 「…ん、まあまあ」 口の中に氷を入れ曖昧に誤魔化す。いくらパニックになっていたとはいえ、子供の前で大泣きした気まずさは消えない。 でも、あの手に触れられて安心したのを覚えている。 子供なのに、と思いながらザンザスを見れば、口の端を持ち上げて笑った。 「夕飯を好きなものにしてやるとルッスーリアが言っていた」 「んな…ガキ扱いかよ!もう平気だっての!」 「……顔に出やすいと言わなかったか?」 ベッドに乗ってきたザンザスは俺の頬に手を添える。 子供特有の体温の高い手だったけれど、何故か自分の顔に熱が集まるのを感じた。 何だか変だ。おかしい。 相手は子供だと言い聞かせるのに心臓がドキドキと煩い。 俺はどうしちまったんだ…? 相手は子供…そう、子供なのに。 だけど、そう思えない自分がいる。 ザンザスの中に男を見つけてしまった自分が。守られて嬉しかった自分が。 俺はきっとザンザスが… 「…顔、近い」 「ああ、悪い」 うわずった声できっとバレてる。だけどザンザスは気付かないふりをして、頬から手を離すと、今度は左手に触れた。 むき出しだからロボットのような機械の手。 気持ち悪いだろうと思うのに何のためらいもなく触れてくれた。 子供特有の好奇心のようにではなく、愛しそうに手を撫でてくれる。 それにまた俺の目から涙が零れ落ちた。 「気持ち悪い、だろ…」 「そんなことはない。綺麗なお前の手だ」 「………知って、たのかぁ…?手の、事…」 「ああ」 「じゃあ…何で……」 何で婚約者にしたのだと尋ねる。 御曹司の婚約者が庶民なだけでもおかしいのに、そいつには左手が無いんだ。 同情ならいらないと涙声でつっかえながら伝えれば、小さい身体に抱き締められた。 「同情じゃない。好奇心でもない。俺は…お前が好きなんだ」 「っっ…」 「…すまない。いつもお前を泣かせてしまう。俺が子供だから」 守れる腕が無いからだと、きつく抱き締められる。 確かにザンザスの腕は平均的な子供のものだ。 でもそれでも俺は、守られていると感じる。 この腕に、安心する。 だったらもう、答えは出ている筈だ。 「…泣くのは俺が悪い。ザンザスは悪くない」 「だが…」 「お前が気にするならもう泣かない。お前の隣にいる時はいつも笑ってる」 「スクアーロ…」 「俺も、ザンザスが好きだから」 そっと額にキスを落とせば、次の瞬間には真っ赤になる顔。 可愛くて笑っていれば、今度はザンザスから唇に触れるだけのキスをされた。 「…レモン味だ」 「そうだなぁ…」 顔を見合わせて笑い合うと、俺達はまたキスを交わした。

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