ひまわり -girasole-
どうして忘れていたんだろう
雰囲気と言動で大人だと思い込んでいた
でも本当はまだ10歳の子供だったのに…
ザンザスが倒れたという話を聞いたのはちょうど学校から帰ってきた時だった。
慌てて制服のまま寝室に駆け込めば、ベッドで丸くなって眠る婚約者の姿がある。苦し気に呼吸をしている小さな体に、俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。
そうだ、コイツはまだ子供だったんだ。
どうして何でもできるなんて思ってしまったんだろう。
心の中で謝りながらベッドのそばにある椅子に座り、ベッドの中から手を探しだして握ってやる。
額に浮かんでいる汗に気付きハンカチで拭いてやっていれば静かに部屋のドアが開いた。
「あ、お帰りなさいスクアーロ」
「ただいま。ザンザスは風邪かぁ?」
「……神経性胃炎と寝不足。過労ですって」
洗面器に氷水を持ってきたルッスーリアの言葉に俺は固まった。子供らしくない病名にどう返事を返してよいのかわからない。
それはルッスーリアも同じようで深く息を吐き出した。
「子供がかかるには虚しい病名よね…」
「………俺…ずっと一緒にいたのに気付いてやれなかった…」
「貴方のせいじゃないわ!私達だってそうだったもの…」
「ザンザスが死んじゃったらどうしよう…!」
「大丈夫よ!」
落ち着きなさいと肩を叩かれるが不安は増す一方だ。汗ばんでいる小さな手を握れば、指先がキーボードの叩きすぎで平らになっているのに気付く。それに以前夜中に仕事をしているのを見かけた事を思い出した。
どうしてその時声をかけなかったんだろう。まだ、子供だったのに…!
「どうしてザンザスはこんなに無理するんだよ。レヴィだってランチアだっているのに」
「……この方はね、根本的に他人を信用できないの。ザンザス様は」
「…ずいぶん…喋るな、ルッスーリア…」
乾いた声に遮られる。
驚いてベッドを見れば紅い目がルッスーリアを睨んでいた。
「申し訳ありませんザンザス様!」
「いい…下がれ」
「はい…」
失礼します、とルッスーリアは部屋を出ていってしまう。息の荒いザンザスに水を差し出せば首を横に振る。仕方がないので洗面器でタオルを濡らし額に乗せてやった。
そのまま会話が無くなるかと思えば、ザンザスがぽつりと話しかけてきた。
「ルッスーリアに…どこまで聞いた…」
「まだ何も。ザンザスって他人を信用できないのか?そんなことないだろ?」
「…この屋敷の人間と…綱吉と家光以外は信用できない」
「どうして…!」
「……俺は……現社長と血が繋がっていない。養子なんだ……だから、周りは俺が会社を継ぐのを嫌がっている…」
消え入るような弱々しい声。
驚いて何も言えない俺に、ザンザスは悲しそうな、不安そうな顔で見つめてくる。
その顔にザンザスが倒れたのは、養子だという事を自分に伝えようか迷って考えて疲れてしまったせいではないのかと思った。
だったらどうして尚更俺が気付いてやれなかったんだろう。
「ザンザス…」
「怖かった…知ったらお前が…居なくなるんじゃないかって…」
「見くびるなよ!俺はザンザスが好きなんだ。お前が誰の息子だからとか関係ない!」
「スクアーロ…」
「お前が俺の手の事知っても好きだって言ってくれるのと同じように…俺だって…」
どんな人間だとしたってザンザスだから好きなんだ。
必死でそう伝えれば、ザンザスは小さく笑った。
熱い手で額に触れられると、頭の奥がチリッと痛む。
「昔から変わらないな…真っ直ぐだ」
「え…」
「…………7年前、俺は家庭教師の授業が嫌で逃げ出した事がある」
「ま、待て!7年前ってお前…3つか!?そんな時から授業って…」
「別に普通だ」
普通じゃないだろう。
オレに3つの時の記憶は無いが、授業なんて無理だろう。
むしろ字を書けたりしかたどうかも怪しい。
そんな考え込んでいるオレを無視してザンザスは先を話す。
「逃げ出して公園に来た俺は、案の定誘拐されかけた」
「んなっ…」
「俺も抵抗したが流石に無理で、車に連れ込まれそうになった所を、どっかの馬鹿なガキが邪魔をしてな」
「馬鹿って…」
「騒ぎを聞きつけて寄ってきた大人に助けられて未遂ですんだ」
触られている熱い指から何かが伝わり、耳の奥で声が蘇る。
子供の声と大人の怒鳴り声。
額を殴られた感覚と、血が頬を伝う感触。
それと、血のように赤い眼の子供…
『大丈夫か、スペルビ!!』
『へーき。頭だから血でやすいんだろ、親父』
『だからってお前…あー痕になるぞこれは……』
『おい、テュール。それはおまえの子どもか?』
『はい。そうですザンザス様』
『だったらキズをつけた責任はおれがとる』
『え…』
『おれの嫁にする』
「あ゛―――っっ!!!」
「ようやく思い出したのか、カス」
呆れて呟いたザンザスの声はオレには聞こえなかった。
忘れていたのも無理は無い。オレはあの後、高熱を出して数日寝込んだのだから。
でもそんな事は、約束をずっと覚えていて、オレを婚約者にしてくれたザンザスに言える筈はない。
小さな手が未だに残っている傷跡を撫でる。
「…見返りも何も求めず、ただ俺を助けようとしてくれた事が嬉しかった」
「ザンザス…」
「今度は俺が守るから…傍にいて欲しい」
10歳とは思えない真剣な目に、オレは静かに頷いた。
大丈夫だ、何も怖くは無い。
熱い手を握り合い、顔を寄せて触れるだけの口付けを。
二人でなら、きっと…
- continuous -