恋の煙
出会ってからもうどれほど季節が通り過ぎたのだろう。
普通の中学生よりハードな学生生活を終え、綱吉は隣の市にある高校へ進学した。
綱吉の隣には変わらずに獄寺の姿がある。
獄寺の学力ならばもっと上の学校を狙えた筈なのだが、
「10代目にお供すると決めています!」と言って譲らなかった。
改札を抜け、ホームへと向かう。
雑談をしながら待つこと数分。ホームに入ってきた電車は相変わらず混んでいた。
「大丈夫っすか、10代目!」
「う、うん。獄寺くんは?」
「平気っす!」
ぎゅうぎゅうで身動きどころか息をするのも辛い電車の中、獄寺はいつものように笑う。
その腕を取ると綱吉は自分と獄寺の体の位置を入れ替えた。
ドアの角に立たせ、腕を突っ張って空間を取ってやる。
それに獄寺は慌てるが、電車が動き出した為に綱吉に思わずしがみついてしまった。
「す、すみません10代目!」
「別に平気。大丈夫?」
「はい!」
顔を覗き込んでやれば耳まで赤くして首を縦に振る。
そんな彼が愛しくて笑みを浮かべれば、居心地が悪いのか獄寺は小さく体を動かす。
思わず抱きしめたい衝動に駆られたが、ここは公共の場だと思い直して綱吉は耐えた。
学校最寄の駅までは後20分程。
正直背中を押す肘や足にあたる鞄は痛かったが、家庭教師に鍛えられている今では大したことは無い。
何よりこの腕の中にいる恋人を守ってやらなければという使命感が痛みに勝っている。
入学した月、満員電車の人込みの中で獄寺は不快な目にあったのだ。
電車から降りた後、不振に思った綱吉が問い詰めれば、勝気な大きな目から涙を零した。
『すみません10代目っ…オレ、男なのにすんませんっ……情けなくて…オレ、オレっ…』
頼むから嫌いにならないで、見捨てないでと獄寺は泣いた。
行為の恐怖よりも自分に捨てられる事の方を怖がっている獄寺に綱吉は胸が締め付けられる。
そしてこの恋人を守ってやれるのは自分だけなのだと強く理解した。
それ以来綱吉は電車に乗る際、必ず獄寺をドア側に押しやり自分の体で庇うようにしている。
獄寺はこれが気になるようだが、綱吉は絶対に譲らなかった。
「10代目…大丈夫っすか?場所変わりますから」
「平気だってば」
「でも…」
「俺の事、信じれない?」
「そんなことっ…」
長い付き合いで相手のことがわかるようになってきた。
こう言えば獄寺は何も言えない事を綱吉は知っている。
ぶんぶんと首を振る恋人にもう一度綱吉は大丈夫だからと告げた。
(それにしても…)
成長期の体というのはわからないものだ。
出会った頃は自分の方が小さかった筈なのに、父に似たのかグングン伸びて僅かに恋人の背を追い越した。
体の関節が痛むからまだ伸びるのかもしれない。
獄寺はというと煙草が原因かある程度伸びたがピタリと止まってしまったらしい。
それがショックで煙草の本数を減らしたらしいが、
密かに綱吉は小さいほうが可愛いからこのまま伸びない事を願っている(本人には絶対に言えないが)
加えて理由はもう一つある。
早く自分の方が高いとわかるほど大きくなりたいのだ。
そうすればもう少し恋人が自分を頼ってはくれるのではないかという思いが綱吉の中にはある。
いい加減に守られる対象ではないという事を教えたい。
これは男としての意地だ。
「10代目。大丈夫ですか?」
また不安げに腕の中の恋人から問いかけられる。
もしかしてこの恋人の中で自分は未だに何もできない子供として見られているのではないだろうか。
そろそろ認識を変えてやった方がいいのかもしれない。
綱吉は溜息を吐くと、電車が揺れたどさくさに紛れて、
自分を不安げに見上げている獄寺の唇に深く口付けたのだった。
- end -